一条戻り橋
堀川に架かる、うっかり見落としてしまいそうな小さな橋だが、不思議な伝説の舞台として有名なミステリースポット。 ここは霊の通り道、京都の死者はここを通り霊界に行ったといわれている。 渡辺綱が鬼の腕を切り落としたり、安倍晴明が識神・十二神将を隠したり、豊臣秀吉が千利休の木像を磔にしたりと、奇っ怪な話がいくつも残っている。平安時代には死者が生き返る。江戸時代は牢獄から刑場への「市中引き回し」のルート。戦争中は戻ると言うことから出征兵士の見送りにも使われたなど。また、嫁入りした後に出戻らないように、婚約中の女性はここを通らないほうが良いとされています。 |
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戻り橋の由来
時は平安初期。
三善清行の子、浄蔵は紀州熊野で修行に励んでいました。その浄蔵のもとに、父清行危篤の報せが届いたのです。 浄蔵は、なんとか父が生きている間に会って話がしたいと、 京への道を急ぎに急ぎました。 しかし、その願いも空しく、浄蔵が京へ着いたときには、 父清行はすでに亡くなっており、 一条通の堀川に架かる橋の上で、父の葬列に出くわしてしまいました。 「何であと一日早く帰ってこれなかったのだろう。」 浄蔵は嘆き、「もう一度話がしたい」と願いを込めて、祈祷しました。すると、突如として周囲には闇が立ち込め、同時に閃光が走りました。 そしてその時、父三善清行が蘇り、むっくりと身を起こしたのです。浄蔵と清行は抱き合い、親子の最後の会話をすることができたのです。 それからこの橋を、死んだ人も生き返るという意味から 戻り橋と呼ぶようになりました。
エピソード
工事の時、この橋の下から本当に石の棺等が出てきて、慌てて埋め直したというエピソードがあります。陰陽師、阿倍晴明が、この橋のたもとに式神を飼っていたという逸話と深く関係がありそうです。